地域の中小企業における人的資本経営を推進する「地域の人事部」とは何か?を解説します。
2023.04.11 更新
今回のJOB HUB LOCALがお届けするコラムでは、経済産業省関東経済産業局が推進する「地域の人事部」とはどのような取組なのか?地域の企業や自治体、個人(働き手)へどのようなメリットや課題があるのか、2023年3月9日に開催した「地域の人事部」実証報告会(地域企業の人的資本経営推進に向けた「地域の人事部」の課題と可能性 ~8自治体における実証報告と今後の展望~)の内容をもとに解説していきます。
■はじめに
少子高齢化を背景とした生産年齢人口の減少、近年の新型コロナウイルス感染症の影響、新しい技術革新への対応、エネルギーや原材料価格の高騰など、多くの日本企業を取り巻くビジネス環境は変化の激しい時代を迎えているのではないでしょうか。このような状況で、特に地域の中小企業が既存事業の拡大や新規事業の創出、労働生産性の向上、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進などを実行していくためには、多様な人材の活用や社員の育成・定着に向けた取り組みが必要と考えられます。
本記事では、経営課題の「人」に関することにフォーカスし、人材戦略と経営戦略を紐づける「人的資本経営」の推進に向けて、地域の中小企業が単体ではなく、地域の支援機関や自治体などが一体となって取り組む「地域の人事部」(※1)について解説いたします。
本記事を通じて、地域の中小企業の持続的な成長に向けて、地域の人事部の取り組み背景や現状の成果と課題について知っていただく機会になれば幸いです。
※1.「地域の人事部」は経済産業省関東経済産業局が2022年度より取り組みを開始しました。管内の茨城県(日立市・常陸太田市・大子町)、新潟県(長岡市・燕市)、長野県(松本市・塩尻市)、静岡県(三島市)の8自治体で立ち上げと自走化に向けた実証事業を行いました。
【参考】関東経済産業局 地域の人事部より抜粋(8自治体について)
■地域の中小企業にとってなぜ人的資本経営が必要なのか
まず、地域の人事部の取り組みを理解するにあたって、ここ数年の社会的な変化を整理し、地域の中小企業における人的資本経営の必要性について考えていきます。
①出勤前提→テレワーク・ハイブリッドワークの導入
②終身雇用→雇用の流動化
③年功序列→成果主義
④メンバーシップ型雇用→ジョブ型雇用
ここ数年の社会的な変化は上記の4つが挙げられます。これらの変化は、昨今のニュースやメディア報道でもよく聞かれるキーワードかと思いますが、特に働き手側は転職や副業、リモートワークなど進み、働き方や働くことに対する価値観が多様になっています。一方、企業側も働き手側の変化に伴って、自社の採用方法や評価制度の見直しなどが求められています。
しかし、これらの急速な変化に対して、地域の中小企業は柔軟に対応できているでしょうか。一つの指標として、KPMGコンサルティングによる人事部門についての調査(2020年5月)では、「人事部門を価値提供部門ではなく管理部門とみなす」企業がグローバル平均を14%上回る60%という結果が出ています。日本企業の多くは、人事部門をオペレーショナルな業務中心と捉え、人材育成や教育研修といった人材に投じる資金を「費用」と捉えているのではないかと考えられています。
これだけ変化の激しいビジネス環境の中で地域の中小企業が持続的に成長するためには、人材のスキルやパフォーマンスレベルも同様に成長していくことが必要です。その人材に対する意識や対応が変化しないままでは、企業の成長は難しいのは一目瞭然です。そのため、人材に投じる資金を「費用」ではなく「投資」と捉えて人材戦略を見直し、人事部門単体ではなく企業全体として経営戦略と連動させる「人的資本経営」という考え方や手法(※2)が地域の中小企業にも必要になっていると考えられます。
※2.経済産業省では、持続的な企業価値の向上に向けて、経営戦略と連動した人材戦略をどのように実践するかという点について、人的資本経営の実現に向けた検討会の報告書(人材版伊藤レポート)を公表しています。レポート内では人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素という枠組みから、人的資本経営の具体化に向けた内容が整理されています。
【参考】経済産業省 人的資本経営の実現に向けた検討会報告書より
■地域の中小企業が人的資本経営を進めるにあたっての課題
経営戦略に紐づく人材戦略を実現するには(or実現させるためには)、新卒採用や中途採用、兼業・副業人材の活用などの採用面、OJT/OFF-JT、外部研修などの育成面、さらに業務のデジタル化やテレワーク導入、人事制度の構築・見直しなどの環境面の3点の取組が具体的に求められます。しかし、これらに取り組んでいる地域の中小企業は少ないのが実態ではないでしょうか。
しかし、これらの取り組みは日本においては、大企業中心になっているというのが実態なのではないでしょうか。その理由として、地域の中小企業は人事部門を経験した経営者が少なく、人事戦略と経営戦略の連動する発想に至らない場合や、戦略自体があったとしても専任の人事担当者がいないことが多く、実務レベルになかなか落ちない場合などが考えられます。そのため、取り組む必要性や具体的な人材戦略を理解したとしても、企業単体で実行することが困難という点が地域の中小企業が人的資本経営を進めるにあたっての大きな課題です。
そのような背景から生まれた仕組みとして「地域の人事部」があります。企業単体という「点」ではなく、民間企業・団体、自治体、商工会議所・商工会、地域金融機関、大学・高等学校、その他支援事業者などが一体となり、それぞれの持つ強みを活かして「面」で取り組むのが地域の人事部の特徴の一つとして挙げられます。
【参考】関東経済産業局 地域の人事部より抜粋
■地域の人事部が目指す姿とは
地域の人事部は、地域の中小企業の人的資本経営を推進し、経営課題の解決や持続的な企業成長に向けて、多様な人材活躍支援を行なっています。主に、
①人材活用に対する経営者の意識変革を促す「人材戦略・組織変革支援」
②個社単位ではなく地域単位で人材に対して兼業・副業等のアプローチをする「人材採用支援」
③地域単位で企業に対してセミナーやワークショップなどの「人材育成・定着支援」
④働き方改革や人事制度の策定などの「環境整備支援」
の4つの支援を行う体制を目指しています。
このような取り組みを通じて、地域の中小企業においては多様な人材のアプローチや人材確保、人材育成、人材定着などを実現すること、支援機関においては新たな支援ノウハウの獲得や新たな連携方法の発見、新たな支援方法などを実現することを目指しています。また、それぞれ単体ではできないことを地域が一体となるからできる可能性を高める点も大きいと考えられます。さらに、地域の人事部における政府戦略の位置付けとして、以下の3点が令和4年6月7日に閣議決定(※3)しています。
※3. 地域の人事部における政府戦略の位置付け
①経済財政運営と改革の基本方針2022
地域経済を牽引する事業の発展を推進するため…、地域企業におけるDX実現や人材育成等の地域の主体的な取組を促進する。
②デジタル田園都市国家構想基本方針
地域企業による都市部の人材確保等を促進するため、地域の産学官の面的な連携による求人・採用、人材育成、フォローアップ等を総合的に支援する「地域の人事部」機能を構築・強化するとともに、先進事例の横展開を図る。
③ 「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」 フォローアップ
地域企業による都市部の人材の獲得・育成・定着に向けて、2022 年度に地域企業合同での取組等を支援する「地域の人事部」を支援する。
【参考】2023年3月9日実施の報告会資料より抜粋
■2022年度は8自治体で実証事業に取り組む
地域の人事部の体制構築に向けて、2022年度に関東経済産業局の管内8自治体において、地域の関係機関が地域の人事部を立ち上げ、それぞれの地域課題を議論し、その課題やニーズに合わせた多様な人材活用を促進する実証事業(※4)として、主に兼業・副業人材の活用と若者人材向けインターンシップを実施しました。
ただ、事業を開始するにも当初、地域の関係機関からは「地域の中小企業を支援したい人材などいないのではないか」、「人材の定着支援に取り組んでも成果につながらないのではないか」、「兼業・副業など外部人材の活用に対して企業の経営者は抵抗感があるのではないか」など不安や懐疑的な声も上がりました。
そのため、体制構築や事業推進をするにあたっては、地域の人事部をリードする主体組織や運営事務局が企業と支援機関の間に入りフォローを行いました。例えば、すでに実績や成果が出ている地域の取り組み事例を紹介したり、外部人材を活用する際に伴走しながら支援するなど、理論と実践の両軸から企業と支援機関の意識を改革しながら立ち上げを行なってきました。
続いて、2022年度の実証事業にも参画した長野県塩尻市と新潟県長岡市の取り組み内容を簡単にご紹介します。
※4.実証事業の主な取り組み
①各地域別の協議会:「地域の人事部」として取り組むべき課題や関係者間の情報共有を行い、次年度以降のあるべき姿や今後のビジョンなどついての議論を行う会(年間5回)
②8地域間の情報共有会:各地域の「地域の人事部」を主導する組織と自治体などが集まり、お互いの進捗や課題の共有を行い、自地域での取り組みにおけるヒントを得る会(年間3回)
③兼業・副業マッチング事業:地域の中小企業の外部人材を活用した人的資本経営の推進を行うために、兼業・副業人材とのマッチングを通じた企業支援を実施する事業(期間:7月〜2月)
④インターンシップ事業:地域の中小企業の外部人材を活用した人的資本経営の推進を行うために、主に若者人材を対象としたマッチング支援を実施する事業(期間:7月〜2月)
⑤経営者・社員向け研修:地域の若者人材の定着支援のため、各地域の課題や特性に合わせた研修(例えば、経営者向けのマネジメント講座や若者人材向けのキャリア研修など)を実施 (各地域1回)
⑥各地域別の成果報告会:上記の①〜⑤で取り組んだ内容や成果、課題などを関係者へ報告する会(各地域1回)
【参考】2023年3月9日実施の報告会資料より抜粋
■地域の人事部取り組み事例①:長野県塩尻市
長野県塩尻市は、NPO法人MEGURUが地域の主体組織となり、自治体、地域振興公社、商工会議所、大学、銀行、信用金庫、信用組合といった関係機関によって地域の人事部を構築してきました。元々、人材会社に勤務をしながら同市で委託型の地域おこし協力隊として地域企業の人材獲得や経営支援に携わった方が同NPO法人を立ち上げ、「人と地域の持続的成長循環モデル」の構築を目指して「塩尻の人事部」を立ち上げました。
【参考】2023年3月9日実施の報告会資料より抜粋
全国の自治体の中でも、兼業・副業人材の活用をいち早く進め、2019年度から地域の中小企業の経営課題の解決に向けた取り組みが行われています。令和4年度においては市内企業5社が兼業・副業の事業に参加し、9名の兼業・副業人材とのマッチングが生まれています。兼業・副業人材の特徴として、年代は20代から60代と幅広く、都市部の企業に勤める会社員が半数を占め、その役職や職種はマネジメント職から専門職と地域の人事部が目指す多様な人材が参加しています。
これまでの事例として、ガソリンスタンドを運営する企業では、IT導入・運用に関する経験を持つ兼業・副業人材によってチャットボットの導入が実現し、顧客対応の効率化が進んだり、大手広告代理店でPRプランナーの経験がある兼業・副業人材によって、これまで全く取り組みがなかったSNS活用が進み、新商品の販路拡大や認知度向上につながっています。
【参考】人材とのマッチングイベントの様子
■地域の人事部取り組み事例②:新潟県長岡市
新潟県長岡市は、株式会社ひとつぶが地域の主体組織となり、自治体、商工会議所、銀行、信用金庫といった関係機関によって地域の人事部を構築してきました。2019年度から地域の人事部の土台となる取り組みを進めていた塩尻市に対して、長岡市は2022年度から同市を拠点に農業支援やシステム開発などの事業を展開するベンチャー企業の株式会社ひとつぶが自治体の推薦のもと、立ち上げから行なってきました。
【参考】2023年3月9日実施の報告会資料より抜粋
同年度は、主に協議会の他にインターンシップ事業を行い、若者人材の活用にに関心を持った市内企業5社に対して、参加者は地域内外の大学生や若手社会人など13名が参加しました。企業の仕事の業務を体験するといった一般的なインターンシップではなく、参加者同士で企業課題や地域課題を考え、発表するといった内容で、このプログラムから兼業・副業へのステップや同市への移住・二拠点居住といった地域との多様な関わり方を生み出すインターンシップとなっています。
また、同年度は事業初年度ということもあり、同市の地域の人事部がどのような目的で活動するのかという存在意義の言語化や具体的な目標・実践計画の策定までを行いました。初年度の立ち上げの段階で、実際に1事業を行い、今後の地域の人事部の方向性が見えてきたことで、次年度に向けては事業のマネタイズや自走化といった取り組みがすでに視野に入っています。
【参考】ワーケーションインターンシップの様子
■実証事業で見えた今後の課題
2022年度の8自治体での実証事業を通じて、当初、懐疑的だった地域の関係機関からは「企業支援における新たな知見を獲得できた」、「普段は知り合う機会がないスキルと経験を持った東京の会社員の方が地域の企業に興味を持ってくれて感激した」、「より多くの市内企業に外部人材活用を勧めていきたい」といったポジティブな声が多く上がりました。
各地域の主体組織を中心に、「議論の場」と「支援の場」を設けて地域内の企業や関係機関と協力して取り組んできたことで、地域の人事部の考え方を単に頭で理解するのではなく、実際に体感・体験できたことがポジティブな声が上がった要因と考えられます。
一方で、今後に向けて新たな課題も見えてきています。例えば、地域の中小企業に対して「人的資本経営」をどのように認知・理解、体感・体験してもらうか、不特定多数の関係者にて構成される地域の人事部という組織をいかに共通の目的やビジョンを持って構築・推進していくか、自治体がよりリーダーシップを発揮し、マインド面・スキル面・ネットワーク構築面で主体組織をフォローアップしていけるかなど、地域の中小企業が人的資本経営を推進するにあたっての課題はまだまだたくさんあります。
【参考】8自治体の地域の人事部による情報共有会の様子
■今後の展開や新たな取り組み
最後に、地域の人事部が今後どのように展開されていくのか、具体的にどのような取り組みをしていくのかを考えていきます。
塩尻市の事例を見てみると、この取り組みは単年や単発ではなく、中長期的な視点で取り組んでいくことが一つ前提条件であると推測できます。具体的には、2022年度に主に取り組んだ外部人材活用だけでなく、地域の中小企業に所属する社員の人材育成や人材定着の支援、その人材がよりテレワークや兼業・複業といった柔軟な働き方を実現するための環境整備など、地域の人事部が取り組むべき支援は多岐に渡ると考えられます。
そのため、地域の中小企業における人的資本経営の推進、及びその効果や成果をより実感するためには、短期的な取り組みで終わることなく地域が一体となって、「人」に関わる課題に対して継続性を持って取り組んでいくことが必要であると考えられます。
また、本記事では地域の中小企業を中心に解説をしてきましたが、都市部の大企業との連携も地域の人事部が発展する一つの要因になるかもしれません。例えば、大企業の社員が地域と関わることによって、新たなスキルを身につけるリスキリングの機会やエンゲージメント・ウェルビーイングの向上、その先には地域での新規ビジネスの展開や新規事業の創出などにつながることも期待できると考えられます。地域の人事部は、大企業と中小企業、都市と地方の垣根を越えて、日本企業の人的資本経営を推進する鍵になるのではないでしょうか。
<参考情報・資料>
■経済産業省 関東経済産業局
地域の人事部
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/jinzai/chiikino_jinjibu/index.html
「地域の人事部」構想に関する取組について(PDF)
https://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/jinzai/data/20220726tiikinozinnzibu_houkokusyo.pdf
■みずほリサーチ&テクノロジーズ
関係人口時代に求められる「地域の人事部」の役割とは(前編)
https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/column/2022/0704.html
関係人口時代に求められる「地域の人事部」の役割とは(後編)
https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/column/2022/0708.html
■日本の人事部
地域企業の活性化に向けた人的資本経営推進を実現 「地域の人事部」による多様な人材活躍支援と地方創生とは
https://jinjibu.jp/article/detl/tieup/3094/
■自治体通信ONLINE
「人的資本経営」を地域企業に根付かせる「地域の人事部」という試み
https://www.jt-tsushin.jp/interview/jto_pasona-jobhub/
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